子宮腺筋症。深夜に激痛、助けて。。

子宮腺筋症・内膜症は年々ひどくなり、ここ1、2年は月経時は外出ができない&眠れないことが続いていた。でも、幸いにフルタイムの仕事をしていないので、旅行をはずす、ランチや飲み会はその週は入れない、そして、家でじっと耐えればその痛みはいつか過ぎていた。不妊治療もしているので、採卵したり移植したりで常に子宮・卵巣に違和感がある状態で麻痺していた、子宮腺筋症についてじっくり考えることは無かった。

この痛み、どう表現したらいいか、2度目の初期流産の後の子宮収縮の痛みに似ています。悶え苦しんだ、と当時ブログに書いていました。死ぬかもしれないと思って「子宮収縮剤 死亡」と痛みに耐えながら検索したこと覚えています。そして死産の際の陣痛促進剤によって起こされた長時間に及ぶ激痛(陣痛)に似ている。共通は「子宮が収縮している時の痛み」なんだけど、それが出産の時だけならともかく、毎月というのは今度のことを考えてもなんとかしなくてはいけないと思った。

今年に入りいよいよ月経痛が尋常ではなくなり、無視できない状況になったため、今月、子宮腺筋症の治療に踏みきしました。まずは3ヶ月ということ。40歳目前で不妊治療を進めたい焦りはあるけrど、それくらい辛いってことです。なによりも「赤ちゃん」、それは今でもあります。でも、それを上回るほどの痛みってことです。

子宮腺筋症の治療を開始すると不正出血はよくあることと説明を受けていたけれど、服用から2週間して急にひどくなった、あっという間に月経くらいの出血があり激痛もやってきた。夜22時半。ロキソニンは朝から飲んでいたけれど再度服用。ベットの中でうずくまっていたが限界、夫にメール「いつ帰ってくるの?お腹痛いから早く帰ってきて、お水飲みたいけれど動けない」

0時半頃夫帰宅、メールは見ていない様子、ベットでうごめいている私に「どうしたの?」と半分酔っぱらい。

声もでないくらい痛みが増してて「・・・救急車・・・」と言うと夫がびっくり!「え!!!!」ちょっと正気に戻る。でも救急車は大けがではないからやめようと思ったが、このベットからどうやって起き上がり、歩き、階段を下り、病院へ行くのか想像ができない。タンカなどが無い限り無理なのではないか。

タクシーを呼んでもらった。(何件か断られたけれど見つかったらしい電話する声が聞こえる)

つづく

妊活をきっかけに幸せの価値感が180度変わり家族の意味を考え直す。血のつながり、赤ちゃん養子縁組、子どもの人権に関心をもつ。現在不妊に悩む当事者支援をすると同時に、大学で「命を考える」をテーマに講義を行い、次世代に妊娠の正しい知識を伝えている。2013年、妊活・流死産・養子縁組相談の「コウノトリこころの相談室」を開く。日本不妊カウンセリング学会認定不妊カウンセラー/日本家族カウンセリング協会認定家族相談士/Fine認定不妊ピア・カウンセラー/ジネコ協力アドバイザー